総務省提訴のお知らせ

2020年9月10日、株式会社Bot ExpressはLINEを用いた住民票申請の是非を問うため、総務省(国)を提訴しました。

争点

争点は、当社が提供するLINEで住民票申請機能における本人確認実装が適法であるかどうかです。本サービスは簡単に言えば下記のとおりです。

・住民はLINEで住民票を申請する。
・本人確認書類および本人の複数の顔写真を照合して本人確認をおこなう。
・LINE Payで手数料を決済する。
・郵送で住民票が住民票記載の住所に届く。

本サービスは2020年4月1日から、渋谷区で導入されています。総務省は2020年4月3日に、高市総務大臣がこのサービスについて改善を求めると言及したほか、地方自治体宛てに「このサービスは適法でない」という旨の文書を交付しています。また、その後、複数の地方自治体から総務省にこのサービスの是非を確認する問い合わせがあり、総務省は一貫してNGだと回答しています。

この状況を受け、当社では水野泰孝 弁護士と協議をおこない、総務省の言動を精査した結果、総務省の回答内容は法令に照らして合理性を欠き、常識的な解釈を逸脱していること、当社サービスは合法であることをあらためて確認し、今回の提訴に至りました。

訴えの詳しい内容はこちらの訴状をご参照ください。

https://app.box.com/s/hbcw665urwsaas3w6wr582j08e56ema7

今回の訴訟のポイントをまとめておきました。

総務省が指摘する「なりますまし申請」のリスクはあるのか?

渋谷区さんで導入されているこの仕組み、LINEで住民票を請求いただいて、それを郵送でご自宅にお届けする形になっています。この時、自宅に指定できるのは住民票記載の住所にのみです。つまり、たとえ何者かがなりすましをおこない、他人の住民票を申請したとしても、住民票が届けられるのは住民票記載地なので不正に取得することは不可能です。

リスクがあるとすれば「申請した覚えのない住民票が家に届く」ということですが、わざわざ手数料を払って(LINEで住民票申請はトーク上で手数料の事前決済が必要)、手に入るわけでもない他人の住民票申請を申請することは考えにくいですし、申請されても不正取得はできません。

つまり、そもそもテクノロジー以前の問題で、住民票記載地のみに証明書を送付するという運用によって「なりすましによる不正取得」のリスクはないと考えています。

金融口座開設でも認められてる技術「eKYC」

テクノロジーの面では、金融機関の口座開設で認められているeKYCという本人確認手段を実装しています。これは、顔写真付きの本人確認書類に加えて、本人の正面の顔写真、およびChatbotがランダムに指示する向きでの顔写真を送信していただき、指定した通りのポーズになっているかどうか、すべての写真が同一人物かどうかをAIが判定するものです。詳しくはこちらの資料をご参照ください。

https://app.box.com/s/z9uc3ezb7d2htz2vvm7e3yio04buog0f

現在住民票申請は郵送でも申請が認められています。郵送での本人確認は「本人確認書類のコピー」を封入して送付する、という仕組みで、eKYCはこういった現行の本人確認方式に比べて格段に強度の高い認証方式だと言えます。このことは、eKYCが犯収法で認められた方式であることを考えても明らかです。

電子署名必須というセンス

総務省は住民票申請のオンライン手続きにはマイナンバーカードを使った電子署名が必須であると回答しています。ただし、一般的に利用されるオンラインサービスにおいて、電子署名を必要とするようなサービスを目にすることはほぼ皆無だと思います。

つまり、少なくとも現時点では、電子署名をともなう操作は極めて非日常的なものであり、ほとんどの人がすぐには実行できないものだと思います。実際、PCを使って申請するにはICカードリーダー購入した上、PCを適切な動作環境にセットアップする必要があります。このPCのセットアップには、「場合によってはJREのインストールが必要になります」とありますが、世の中のどのくらいの人がJREなるものを理解できるでしょうか。

電子署名がセキュリティ強度を高めるための有効な手段の一つであることは間違いありませんが、実際にほとんどの人が使えなかったり、そもそもマニュアルをみないと操作できないようなサービスでは普及させることが困難です。オンラインサービスを提供するのであれば、普及観測は必須であり、セキュリティを高めると同時に利便性をバランスしなければ提供する意義がないと考えています。

民間企業であれば、これだけ長期間使われないままのサービスが放置されることはなく、ビジネス上の健全なプレッシャーによって速やかに方針転換や改善を検討することになりますが、省庁においては「このままでは倒産する」という発想がないため、その感覚がぬるいのではないでしょうか。倒産しないよう支えているのは税金であることは言うまでもありません。

一点付け加えておきたいのは、当社はマイナンバーカードによる電子署名を完全否定しているわけではなく、「総合的に考えてほとんどの人が今すぐ使えるか?」を考えると、現時点では難しいと考えているところです。今後、より現実的にマイナンバーカードによる電子署名が利用できる環境が整ってきた際には、速やかに当該機能を追加実装したいと考えています。

技術的助言の乱用

先に言及しましたが、総務省は技術的助言という位置付けの文書を交付し、その文書の中で、当社サービスの本人確認方式は住民票申請には用いることができない、としています。原文はこちらに掲載されています。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000681028.pdf

まず、この文書はどう読んでも助言ではなく、総務省による公式回答であり、地方自治体に周知するようにとしていることからも、「従うように」という意図が感じとれます。技術的助言という文書は法的拘束力はないため、地方自治体は従う義務はありませんが、官公庁というトップダウン意識の強い組織において、省庁からこのような文書が交付されたにも関わらず、その意図に反した動きをとるのはほとんどの団体において非常に高いハードルをともなうことは容易に想像できます。

このハードルは、単に「やっかいなことに手をだしたくない」ということだけでなく、圧力の背後には地方交付税が見え隠れします。地方自治体からすると、技術的助言に反して強行的に本サービスを導入すると、地方交付税額の配布額を減らされるなどの「ペナルティ」が課せられる可能性が脳裏をよぎります。総務省は実際過去にも技術的助言からの地方交付税減額というコンボを実行しているからです。

こういった点から、技術的助言という文書の配布は、実質的に地方自治体への指示書であると考えており、また、その内容は違法なものだと考えています。

最後に

国には、日本が前進するためにどうするべきかを、各省庁および職員が、自分たちの頭で検討していただきたい。現在の総務省の態度は省益に執着した近視眼的で大局観を持たないものに思えます。所管課のミッションの先に本来何を見据えなければならないのか、一人一人が総理大臣の視点を持つことが重要ではないでしょうか。

先般、新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金として総額3兆円の予算が確保されました。これは地方自治体からコロナ対策として「意義ある対策」の実施計画を提出し、認可されると予算が交付されるというものです。

国がこのような用途の曖昧な支出をおこなうことには私は否定的です。一定の効果はあるのかもしれませんが、予算がつくことによって、人々のフォーカスは対策ではなく予算確保になります。実施計画の中には意義深いものも当然あると思いますが、このような粗い予算は、交付された結果多くが「蒸発」してしまうのではないかと思います。

私は、現在国がやるべきことははお金を出すことではなく、民間企業を「アンロック」することだと考えています。効果の大小はあれど、住民票のLINE申請のサービスも、明らかに役所に住民が集まることを予防する具体的な施策になります。しかも、すでに開発・実証されており、国の費用負担なしですぐに提供できます。民間企業のアンロックは、見通しの立っていない可能性に3兆円投資することよりも、合理的な投資であるはずです。

国は、これまでのやり方に執着して新しい可能性の扉を長年閉ざしていること、中央集権的で時代に合わない規制やピボットの遅れがイノベーションを阻害していることを真摯に受け止めていただきたい。逆に、優れたアイデアと技術を持つ民間企業が健全に競争できる環境があれば、自律的に価値あるサービスが生み出されていくはずです。本訴訟を通じて日本の官公庁が抱える組織構造的な問題に風穴を開け、素晴らしい技術が行政サービスにもより即時的に反映されるよう、全力で議論したいと考えています。

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